竹垣悟外伝・常在戦場

田岡家の仏間
田岡家の仏間

 田岡一雄・三代目組長には、生前一度だけ逢ったことがある。

 

 私が坂本義一に付いて山口組本家の当番に行った時、現在駐車場になって居る空き地でランニングをしている姿を見たのだ。

 

 私は、その時には「田岡一雄自伝」を読んでいたので、その内容を心の中で反芻(はんすう)しながら田岡一雄の一挙手一投足に全神経を集中させ、走っている姿を目で追っていた。

 

 その時、流石(さすが)三代目親分、人とは違うオーラがあるなと思ったものだ。

 それ以来、三代目・田岡一雄組長の姿が山口組の代紋と重なり、私の心を支配して行った。

 

 私が四代目・竹中正久親分に聞いた話しだが、三代目・田岡一雄組長が覚醒剤(ヒロポン)を嫌うようになったのは「大西」と云う若者が、ヒロポンの虜(とりこ)になり、潰(つぶ)れてしまったからだと云う・・・

 

 この「大西」と云う人は器量のあった人らしく、山口組にとっては惜しい人材だったと親分(竹中正久)は話してくれた。

 

 ・・・そう云う私もむかし、ヒロポンに溺れた時期があった。

 

 私が20代の若かりし頃の話しだが、当時大木と云う坂本会の先輩組員が居た。

 私はこの男からヒロポンを段取りして貰っていたのだが或る日、なんか無性にこの大木に腹が立って、耳元でこの大木を殺せと囁(ささや)くような声が聞こえて来た。

 

 私はこれぞ天の声だと思い、大木に匕首(ドス)を持たせた・・・

 当然、大木は何のことか解からず目をパチクリさせていたが、私も匕首を持ち躊躇(ためら)わず大木の頭を削(はつ)った。

 

  そしてメッタ斬りにした。

 漫画みたいな話しだが、ここがヒロポンの恐ろしいところだ。

 

 人を慈(いつく)しむと云う感情が無くなり、この男、凶暴につきと化すのである。

 私の場合、特にこの傾向が強く、野良犬もヒロポンを打った私の側には近寄らなかったぐらいだ。

 

 私はヒロポンを打つと、自分の行動をコントロール出来なくなるのである。

 

 頭の中で「相手を殺せ、殺せ」と悪魔が囁くような感じになり、また私の性格上、押して突いての極みになるのだ。

 

 ヒロポンを打ったときの私は狂犬どころの騒ぎではなく、悪魔の申し子のようになっていた。

 

 これは自慢にはならないが、今思えば若気の至りだ。

 

 人間の狂気と云うものは、止(とど)まる事が無いと、このとき自分ながら思ったものだ。

 例えて云うなら、渡哲也主演の仁義の墓場・石川力夫のようになるのだ。

 

 ・・・或る日のことだ。

 私がヒロポンを打って狂っている時、当時の竹中組三羽烏の内、平尾光と笹部静男を筆頭に竹中組の幹部クラスがひとりずつ私の所に来た。

 

 そして「覚醒剤を止めるようにと親分(竹中正久)が云うてるで」と伝えに来たのである。

 

 私は気狂(きちがい)以上の「頭が飛んだ」状態だったので、それには不気味な返事しか出来なかった。

 

 そして何日かして竹中組総会の日に、親分(竹中正久)の前に行った。

 

 その時親分は私に「俺の親分である田岡一雄が覚醒剤は止めとけと云っているのに、若い衆である俺がかまへんと云えるか」

 「悪い事は云わんから、覚醒剤みたいなしょうもないもんは止めとけ」と云われた。

 

 その時に田岡三代目と大西と云う若者のエピソードを聞いたのである。

  

 私はそれから暫くして、ヒロポンを止めた。

  

 ・・・そんなむかしの事を考えながら去る2月26日に、三代目田岡一雄組長の仏壇と位牌がある田岡邸に盛力健児(釈徳盛)・嵩山少林寺グループ総帥と行って来た。

 

 そして三代目の長男・満(みつる)氏の骨つぼと田岡家の位牌に線香を供え、手を合わせて来た。

 

 昭和の名残りがする田岡邸にはヤクザの匂いが微塵(みじん)もせず、重厚な堅気の世界しか見えて来なかった。

 田岡一雄と文子姐さん、それに中村英子(元東映女優)の遺影が何よりも、それを物語っていた。

 

 バンブーコミック(竹書房)発行の「血と抗争・菱の男たち」3・5・6巻に後書きをしたのも何かの縁である・・・

 

 余談だが、私がヒロポンを止めてから30数年が経つが、それでも人は陰で私の事をポン中だと云っているそうだ。

 

 義竜会最後の若頭だった渡辺(渡世名・剣)真文に云わせれば「親分(私のことである)の場合、ポンを打ってなくても打ったようになるからいいじゃないですか」と云うが人が見れば、まさにその通りなのだろう・・・

 

 私は12年余り前にバットで殴られ三途の川を渡り、あの世と、この世の境である六道の辻まで行って来た。

 そこで、高祖父・田中河内介の魂に触れ、九死に一生を得た。

 

 それ以来この世に恐いものがなくなり、無鉄砲な男になったのである・・・